|
高田瞽女ふたたび |
||
| TOP | 2009/02/16 | |
高田に家を構え、演奏活動で生計を立てていた盲目の女旅芸人達は頸城一円の村々を廻る旅の中、雁木通りの町家に暮らしていました。雁木のまちに刻まれた瞽女の足跡を想い、門付けの風景をふたたび(パンフレットより)
レルヒウィークに合わせて越後高田町家三昧が企画した高田瞽女の門付け風景の再現と瞽女唄ライブを観てきました。
暖冬で全く雪がなかったレルヒ祭でした。2月8日(日)午後3時半、このときだけは小雪がちらつき高田瞽女の再現が始まりました。先頭に三味線の小竹勇生山(ゆうざん)さん、その後ろに瞽女姿の奥さん栄子さんと双子のお嬢さんが前の人の肩に手を置いて、北本町1丁目の高野醤油味噌店の玄関で門付けをしました。1件目の門付けの舞台となった高野醤油味噌店は、高田の雁木を紹介する映像によく登場する昔ながらの商家です。いつもは人通りの少ない北本町通りも、瞽女さんが復活すると聞いて、一目見ようと集まった見物の人たちで黒山の人だかりとなりました。門付唄はある年代以上にはなじみの深い「スキー小唄」、一緒に口ずさむ人もいました。自前のモンペと角巻きで見学にきた方に「あ〜ったかいんだよねぇ〜。家ん中どっか探せば出てくるでね」と懐かしそうに話しかける高齢の方もいて、瞽女唄だけではなく、雪国の人の心の交流も蘇ったような気がしました。


昔、瞽女さんの一行が村に着くと、挨拶代わりに家々で門付けをして歩くことで、瞽女の来訪を知らせました。その夜は瞽女宿となる家に村中の人が集まって瞽女唄を楽しみ、また瞽女さんの持ってくるよその土地の情報も貴重だったそうです。
その日の夕方6時から本町7丁目の「きものの小川」で開かれた瞽女唄ライブには80人以上の人が詰めかけました。『ふみ子の海』の原作者市川信夫先生の詳しい解説で、初めての唄も聞き取りやすく、1時間15分のライブを楽しみました。


瞽女さん一行を再現した小竹さん一家は能生在住で、勇生山さんは三味線奏者、栄子さんは民謡歌手です。最後の高田瞽女、杉本シズさん難波コトミさんから教えを受けました。双子のお嬢さんは三味線のコンクールにも挑戦する受験を控えた中学三年生です。


この会を企画した越後高田町家三昧は、高野麻屋さんときものの小川さんが平成16年に町家を公開したことから活動が始まりました。
以前東京支部のホームページで紹介したあわゆき組と一緒に町家や雁木に代表される高田の文化・味・歴史などを大切にしていきたいと考えています。

(高27回 清水史枝)